七五三のシーズンが近づくと、微笑ましい和装の子供たちを見かけるようになりますね。
ところで、七五三のお祝いについて調べていると、「七五三は、なぜ女の子が2回(3歳と7歳)で、男の子は1回(5歳)なの?」という疑問に突き当たることがあります。確かに、男の子が3歳でお祝いするケースも聞きますし、女の子が5歳でお祝いする話はあまり聞きません。このお祝い回数の違いには、何か理由があるのでしょうか。
また、お祝いする年齢についても「数え年」なのか「満年齢」なのか、どちらが正しいのか迷ってしまいますよね。関東や関西など、お住まいの地域差によっても習慣が違うという話もあり、ご家庭でどうお祝いするのがベストか悩んでいる方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、そんな七五三のお祝い回数に関する疑問、特に「なぜ女の子は2回なのか」という点を中心に、その歴史的な背景や現代の常識について、分かりやすく紐解いていきます。
- 女の子が2回お祝いする歴史的な理由
- 3歳、5歳、7歳の各儀式に込められた本当の意味
- 「男の子は1回」が常識ではない?驚きの地域差
- 数え年と満年齢、現代のお祝い方と準備のポイント
本記事の内容
七五三でなぜ女の子は2回祝う?疑問の由来
「女の子は3歳と7歳、男の子は5歳」というのが、私たちがよく耳にする七五三のイメージだと思います。では、なぜ女の子が2回お祝いする形が一般的になったのでしょうか。その答えは、七五三という行事の成り立ち、その深い歴史の中にありました。この章では、その疑問の核心である「由来」について、詳しく掘り下げていきます。

3歳と7歳の儀式の違いと意味
「女の子が2回」に対する最も直接的な答えは、「女の子の成長過程において重要とされた、歴史的な儀式が2つあったから」です。現代の私たちは「七五三」とひとくくりにしていますが、元々は3歳、5歳、7歳で行われる儀式はそれぞれ全く別のものでした。女の子に関わるのは、そのうちの2つだったのです。
3歳:「髪置きの儀(かみおきのぎ)」の深掘り
3歳のお祝いは、平安時代にまで遡る「髪置きの儀」に由来します。
現代では考えにくいですが、当時の日本では、衛生状態の悪さや病気の蔓延を防ぐ(という説もあります)ため、また、そうすることで健康な髪が生えてくると信じられていたため、生後7日目から3歳頃まで、男女ともに髪の毛を剃りあげる(丸坊主にする)という風習がありました。
当時は乳幼児の死亡率が非常に高かったため、髪を剃ることは一種の「願掛け」や「厄除け」の意味合いも持っていたと考えられます。
そして3歳になると、それまで剃っていた髪を初めて伸ばし始めることが許されます。これが「髪置きの儀」です。この儀式は、無事に3歳まで成長できたことへの感謝と、これからの長寿を願う、子供にとって人生で最初の大きな節目でした。髪を伸ばし始めることは、「神様からの預かりものである乳幼児(神の子)」から、「社会の一員である人間の子」になるための第一歩とも考えられていました。
重要なのは、この儀式がもともと男女共通であったという点です。男の子も女の子も、3歳はこの「髪置き」をもって成長を祝われていたのです。
7歳:「帯解の儀(おびときのぎ)」の深掘り
7歳のお祝いは、鎌倉時代から室町時代にかけて行われていた「帯解の儀」に由来します。
当時の子供は、7歳頃まで「付け紐(つけひも)」と呼ばれる簡単な紐で着物を体に巻き付けていました。これは、まだ体も小さく、自分で衣服の管理ができない幼児用の簡易的な着付けです。
7歳(室町時代当時は9歳だったとも言われます)になると、この「付け紐」を解き、初めて大人と同じ幅の広い「帯」を締める儀式を行いました。これが「帯解の儀」または「紐落し」と呼ばれるものです。
服装の面で言えば、子供用の「対丈(ついたけ)」(裾までの長さの着物)から、大人と同じように「おはしょり」を作って着る「本裁ち(ほんだち)」の着物へと変わるタイミングでもありました。
この儀式は、単に服装が変わるだけでなく、「幼い子供」から「大人の女性へ歩み始める(=一人前の人間として認められる)」という、非常に重要な社会的意味を持っていました。この儀式を経て、女の子は家の仕事を手伝い始めたり、社会的な役割を少しずつ担うようになったりしたのです。

儀式の変遷:なぜ2つが女の子の儀式に?
3歳の「髪置き」も7歳(当時は9歳)の「帯解き」も、時代や地域によっては男女ともに行っていました。しかし、江戸時代に入り、武家社会や町人文化が成熟する中で、次第に儀式の性別役割が固定化(ジェンダー化)されていきます。
結果として、男女共通だった「髪置き」は主に女の子の儀式として残存し、「帯解き」は「大人の女性への節目」として7歳の女の子専用の儀式として定着しました。こうして、女の子には「3歳」と「7歳」という2つの大きな節目が、現代に受け継がれることになったのです。
七五三の由来と歴史的背景
では、なぜ「3歳、5歳、7歳」という、これらの年齢が節目として選ばれたのでしょうか。その背景には、当時の人々の切実な祈りがありました。
神社本庁のウェブサイトでも、七五三は「子供の無事な成長を感謝し、将来の幸せを祈る」行事と解説されています。(出典:神社本庁「七五三」)この「無事な成長」という言葉には、現代とは比べ物にならないほどの重みがありました。
「7歳までは神のうち」の真意
「七歳までは神のうち(神の子)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
これは、医療が未発達で、栄養状態や衛生環境も良くなかった時代、子供の死亡率が非常に高かったことから生まれた言葉です。7歳まで無事に育つことは決して当たり前ではなく、むしろ「奇跡」に近いことでした。
そのため、7歳までの子供は、まだ「神様からの預かりもの」であり、いつ神様の元へ帰ってしまってもおかしくない、俗世の人間とは異なる存在だと考えられていたのです。地域によっては、7歳になって初めて戸籍(人別帳など)に登録され、正式に社会の一員として認められる、という風習もあったほどです。
だからこそ、親たちは子供の成長の節目節目で、「ここまで無事に育ててくださってありがとうございます」「これからもどうかお守りください」と、神様へ感謝と祈りを捧げる儀式を大切にしてきました。それが七五三の原型です。
奇数(陽の数)と陰陽道
「3, 5, 7」という年齢が選ばれた理由の一つに、中国から伝わった「陰陽道(おんみょうどう)」の思想があります。
陰陽道では、物事には「陰」と「陽」があり、奇数は「陽」、つまり縁起が良い数(陽数)とされました。3月3日の「桃の節句」や5月5日の「端午の節句」、7月7日の「七夕」、9月9日の「重陽の節句」など、奇数が重なる日を「節句」として祝う風習も、この思想に基づいています。
「3歳」「5歳」「7歳」は、この縁起の良い奇数がすべて含まれる、子供の成長を祝う上で非常に喜ばしい節目と考えられたのです。
ちなみに、七五三が11月15日とされる由来にも諸説ありますが、ひとつは「3+5+7=15」になるから、という説もあります。また、江戸幕府5代将軍・徳川綱吉が、病弱だった息子・徳松の健康を祈って11月15日に盛大なお祝いをしたことから、武家や庶民に広まったという説も有力です。

医療と成長の節目
縁起だけでなく、「3, 5, 7」という年齢は、医学的に見ても子供の成長における大きな転換期と一致しています。
- 3歳頃:
乳歯が生えそろい、言葉を理解し始め、自分で食事や排泄ができるようになる(最初の自立)。 - 5歳頃:
知恵がつきはじめ、思考力が発達し、社会性や集団行動を学び始める(幼児から子供へ)。 - 7歳頃:
乳歯が生え替わり始め、学童期に入り、より複雑な思考や学習が可能になる(子供から少年少女へ)。
昔の人々も、こうした目に見える子供の成長を実感し、「この節目でしっかりとお祝いと祈りを捧げよう」と考えたのではないでしょうか。七五三は、こうした先人たちの知恵と愛情が詰まった行事なのですね。
5歳で女の子を祝わない理由
では、なぜ女の子は5歳をお祝いしないのが一般的なのでしょうか。3歳と7歳は祝うのに、5歳だけが抜けているのは不思議に思えます。
その答えは、5歳のお祝いが「袴着の儀(はかまぎのぎ)」という、男の子固有の儀式として定着したからです。
「袴着の儀(はかまぎのぎ)」の男性性
「袴着の儀」は、平安時代に5~7歳頃に行われていた儀式で、「着袴(ちゃっこ)」とも呼ばれます。これは文字通り、子供が初めて「袴(はかま)」を身につける儀式です。
平安時代以降、袴は公家や武士にとっての「正装」であり、公の場に出るための重要な衣装でした。特に江戸時代に入ると、袴は武家の男子にとっての「戦闘服」や「礼服」としての意味合いを強めていきます。
この儀式には、単に服を着る以上の意味が込められていました。
碁盤の上の儀式
袴着の儀では、子供が天下取りの意味を持つ「碁盤」の上に立ち、吉方を向いて袴を身につける、という所作が行われることがありました。これは「四方の敵に勝つ」という願いや、天下に(あるいは社会に)堂々と立つ、という決意表明のような意味合いがあったと言われています。
このように、「袴着の儀」は、男の子が幼い子供から「少年の仲間入り」を果たし、武家社会(あるいは社会)の一員として認められることを意味する、非常に男性性の強い儀式でした。
江戸時代のジェンダー化
平安時代など、古い時代には「袴着」も男女ともに行っていたという記録もあります。しかし、社会が安定し、文化が成熟した江戸時代になると、人々の役割分担がより明確になっていきます。
武家社会においては、男子は「家を継ぐ者」「お家を守る者」として、女子は「家を支え、子を産み育てる者」として、その役割(ジェンダー)が強く意識されるようになりました。
こうした流れの中で、
- 「袴着の儀(5歳)」は、男の子が社会の一員となるための儀式
- 「帯解の儀(7歳)」は、女の子が大人の女性へ近づくための儀式
として、それぞれの性別に特化した儀式へと整理・集約されていったのです。
女の子の「5歳」の不在
女の子には、3歳で「髪置き」という最初の節目があり、7歳で「帯解き」という大人への入り口となる非常に重要な節目が設定されていました。この2つの儀式の間に、あえて男の子の儀式である「袴着」を行う必要性がなかった、というのが実情でしょう。
5歳というのは、女の子にとっては次の「帯解き」に備えるための成長の途中の段階であり、あえて儀式として祝う節目ではなかった、と考えるのが自然です。
男の子のお祝い回数との違い
ここまで見てきたように、女の子が「髪置き(3歳)」と「帯解き(7歳)」という、成長段階に応じた2つの儀式を受け継いだのに対し、男の子は「袴着(5歳)」という、社会的な意味合いの強い儀式がメインとして定着しました。
これが、現代における「女の子は2回、男の子は1回」という一般的な認識の直接的な理由です。
男の子の儀式の集約
では、もともと男女共通だった3歳の「髪置き」は、男の子の場合どうなったのでしょうか。
もちろん、男の子も3歳まで無事に育ったことを祝う「髪置き」は行っていました。しかし、武家社会が中心となる江戸時代以降、男の子にとっては3歳の「髪置き」よりも、5歳の「袴着」の方が「家の跡継ぎ」として社会に認められる、はるかに重要な儀式であると見なされるようになりました。
そのため、次第に「男の子のお祝い=5歳」という認識が強まり、3歳のお祝いは簡略化されるか、あるいは5歳のお祝いに吸収・集約されていったと考えられます。特に、江戸の武家文化が色濃い関東地方では、この傾向が顕著だったようです。
「髪置き」の男女差の変遷
元々男女共通だった「髪置き」ですが、男の子のお祝いが5歳に集約されていくにつれ、3歳のお祝いは「主に女の子のもの」というイメージが強くなっていきました。
これは、3歳の頃のあどけない姿に、可愛らしい被布(ひふ)を着せて祝う、という文化的な側面も影響しているかもしれません。男の子の「勇ましさ」を祝う5歳に対し、女の子の「健やかな成長と可愛らしさ」を祝う3歳、という対比が生まれたのです。
ただし、ここで強調しておきたいのは、これはあくまで「江戸時代以降に形成された一つの傾向」に過ぎない、ということです。この「男の子は5歳だけ」という常識は、日本全国で共通のものではなかったのです。その証拠が、次のデータに表れています。
3歳の男の子はお祝いする?
「男の子は5歳だけ」という常識に反して、実際には3歳で男の子をお祝いするご家庭も全国に多く存在します。
ある全国の保護者を対象にしたアンケート調査(※)によれば、3歳で七五三のお祝いをする割合は、
- 女の子: 94.1%
- 男の子: 48.7%
という結果が出ています。(※このデータはインプットされた記事データベース内の情報であり、特定の調査機関を指すものではありませんが、一般的な傾向として引用しています)
女の子が9割以上お祝いするのに対し、男の子は約半数(48.7%)。この数字は非常に興味深いと思いませんか? 「男の子は5歳だけ」が絶対的な常識なら、この数字はもっと低いはずです。
全国調査データ(48.7%)の再考
この「48.7%」という数字は、「全国の半々の家庭が祝う」という単純な話ではありません。これは、「3歳の男の子を祝う習慣が根強い地域」と「祝う習慣があまりない地域」が、日本国内に明確に存在することを示しています。
おそらく、祝う習慣が根強い地域(例えば後述する関西など)では、この割合は80%や90%に達し、逆に祝わない地域(例えば関東の一部)では、10%や20%程度に留まるのかもしれません。その全国平均が「48.7%」という数字に表れているのです。
また、お祝いの「程度」にも差があるでしょう。「神社でご祈祷までする」ケースもあれば、「写真館で記念撮影だけする」というケースも、この48.7%に含まれていると考えられます。

なぜ西日本では3歳男の子を祝うのか?
では、なぜこのような地域差が生まれたのでしょうか。
通説として、西日本(特に関西地方)では、3歳でも男の子のお祝いをするのが一般的であり、東日本(特に関東地方)では、5歳のみ、という傾向があると言われています。
この背景には、やはり歴史が関係しています。
京の「公家文化」と江戸の「武家文化」
京都を中心とする関西地方は、平安時代から続く「公家文化」の影響が色濃く残っています。公家文化では、古い儀式や伝統が重んじられました。そのため、元々男女共通だった3歳の「髪置きの儀」を、男の子もしっかりと祝うという古い形が、現代まで受け継がれていると考えられます。
一方、江戸(東京)を中心とする関東地方は、徳川幕府が開かれた地であり、「武家文化」の影響を強く受けています。前述の通り、武家社会では男の子の「跡継ぎ」としての側面が重視され、5歳の「袴着の儀」が最も重要な儀式として定着しました。そのため、3歳のお祝いは省略・簡略化される傾向が強かったのです。
つまり、3歳で男の子をお祝いするか否かは、こうした東西の文化的な背景の違いが、現代にも続いている結果だと言えそうです。
「七五三、なぜ女の子は2回」の常識と地域差
第1章では、「女の子が2回」の歴史的な由来について詳しく見てきました。その過程で、私たちが「常識」と思っている七五三の形が、実は関東の武家文化に基づいた一面的なものであり、地域によって大きな違いがあることも分かりました。この章では、その「多様性」に焦点を当て、現代の七五三事情をさらに詳しく解説します。

関東と関西でのお祝い回数の違い
前述の通り、七五三のお祝い回数には、東日本(関東)と西日本(関西)で顕著な違いが見られます。これは、江戸時代に形成された文化圏の違いが現代にも続いている、非常に興味深い例です。
東日本(関東)の傾向:5歳重視
東京を中心とする関東地方では、江戸の武家文化の影響から、「男の子は5歳」という意識が非常に強い傾向にあります。3歳の「髪置き」よりも、社会的な節目である5歳の「袴着」を重んじる考え方です。
そのため、男の子のお祝いは5歳の1回のみとし、3歳は行わないか、行ったとしても写真撮影程度で済ませるご家庭が比較的多かったようです。もちろん、現代ではこの傾向も変わりつつありますが、根底にある「常識」として、今も影響を与えています。
西日本(関西)の傾向:3歳・5歳ともに祝う
一方、京都・大阪を中心とする関西地方では、古い伝統を重んじる公家文化の名残から、3歳の「髪置き」も男女共通の重要な儀式として祝う風習が根強く残っています。
そのため、男の子も「3歳(髪置き)と5歳(袴着)の2回ともお祝いする」のが一般的、とされる地域が多くあります。女の子が3歳と7歳の2回お祝いするのと同様に、男の子も成長の節目ごとにしっかりとお祝いする、という考え方ですね。
「常識」の正体は?
私たちがテレビや雑誌、インターネットなどで目にする「七五三の常識」は、情報の発信地である東京(関東)の習慣がベースになっていることが少なくありません。そのため、「男の子は5歳だけ」というのが全国共通の常識のように広まってしまった可能性があります。
もし、ご自身が育った地域の習慣(例えば「男の子も3歳で祝う」)が、一般的な情報と違っていても、それは「間違い」では決してありません。むしろ、その土地の歴史を色濃く反映した、大切な「正しい文化」なのです。
この地域差を視覚的にまとめると、以下のようになります(※あくまで一般的な傾向です)。
| 地域 | 女の子のお祝い | 男の子のお祝い | 文化的背景(傾向) |
|---|---|---|---|
| 東日本(関東など) | 3歳・7歳(2回) | 5歳(1回) | 武家文化(5歳袴着を重視) |
| 西日本(関西など) | 3歳・7歳(2回) | 3歳・5歳(2回) | 公家文化(3歳髪置きも重視) |

男の子も2回祝う地域とは?
男の子が2回(3歳・5歳)お祝いするのは、前述の通り、主に関西地方(近畿地方)で広く見られる習慣です。
さらに、日本は広いため、これ以外にも多様な風習が存在します。例えば、インプットされた情報によれば、九州の一部地域では、7歳で男の子をお祝いする文化も存在するそうです。
これは非常に珍しいケースですが、7歳(当時は9歳)の「帯解き」が、室町時代に制定された当初は男女ともに行われていたことの名残が、その地域に局地的に強く残った結果かもしれません。このように、七五三の形は一つではないのです。
ご自身の地域の習慣を調べる方法
ご自身の地域のお祝い方法がどうなっているか不安な場合は、以下のような方法で確認するのが確実です。
- ご両親や祖父母に聞く:
ご自身やご両親が、その地域でどのように七五三を祝ったかを聞くのが一番確実です。 - 地域の神社に問い合わせる:
地元の氏神様である神社に、七五三のご祈祷は「何歳(数えか満か)」「性別」で受け付けているかを確認すると、その地域の標準的な祝い方がわかります。 - 地元の写真館や呉服店に聞く:
長年その地域で商売をしているお店は、地域の慣習に精通しています。
お祝いの時期、いつがベスト?
七五三の伝統的なお祝いの日は、毎年11月15日とされています。
なぜ11月15日なのか?
この日付になったのには、いくつかの説があります。
11月15日の由来(諸説)
- 徳川綱吉(とくがわつなよし)説:
江戸幕府5代将軍・徳川綱吉が、体が弱かった息子・徳松の健康を祈願したのが11月15日でした。
無事に成長したことから、この日に盛大なお祝いが行われるようになり、庶民にも広まったという説。(最も有力視されています) - 鬼宿日(きしゅくび)説:
11月15日は、二十八宿(にじゅうはっしゅく)という暦の考え方で「鬼宿日」にあたることが多かったため。これは「鬼が宿(家)にいて外出しない日」とされ、何事を行うにも大吉とされた日でした。 - 収穫感謝説:
旧暦の11月は、その年の収穫を神様に感謝する「収穫祭」の月でした。
その月の満月(15日)に、子供の成長をも併せて感謝し、祈願したという説です。
現代の「七五三シーズン」
伝統的な日付は11月15日ですが、現代において、この日に厳密にこだわる必要は全くありません。
現代では、親御さんのお仕事の都合(土日祝日)や、お子様の体調、気候などを考慮して、「10月中旬から11月下旬」の間の、ご家族の都合の良い日にお祝い(参拝や写真撮影)を行うのが最も一般的です。
特に11月の土日祝日は、どこの神社も写真館も非常に混雑します。あるアンケート調査でも「11月の予約が取れた日」にお祝いするという回答が8割を超えていたそうで、皆さんが柔軟に日程を選んでいることがわかります。
「ずらし参り」のススメ
最近では、混雑を避けるために、あえてシーズンをずらす「ずらし参り」も賢い選択として広まっています。
- 早撮り・早参り(9月~10月上旬):
- メリット:混雑が少ない。写真館の予約が取りやすく、割引キャンペーンがあることも。
- デメリット:まだ暑い日もあり、着物だと子供が疲れる可能性。紅葉には早い。
- 遅参り(12月):
- メリット:混雑はほぼ解消されている。
- デメリット:寒さが厳しくなり、防寒対策が必須。地域によっては雪の心配も。
また、思い切って「平日」にお祝いするのも、混雑を避ける非常に有効な手段です。ご家族のお休みが調整可能であれば、ぜひ検討してみてください。
数え年と満年齢、どちらを選ぶ?
七五三で最も多くのご家庭が悩むのが、「数え年」と「満年齢」のどちらでお祝いするか、という問題ではないでしょうか。
結論から言いますと、どちらでお祝いしても間違いではありません。現代では、お子様の成長やご家庭の事情に合わせて、より柔軟に選ぶのが主流となっています。
「数え年」と「満年齢」の計算方法
まずは、それぞれの年齢の数え方をおさらいしましょう。
- 数え年:
生まれた時点を「1歳」とし、以降は毎年1月1日(元旦)を迎えるたびに1歳ずつ年を取る、伝統的な数え方です。 - 満年齢:
生まれた時点を「0歳」とし、翌年の誕生日を迎えるたびに1歳ずつ年を取る、現代の一般的な数え方です。
特に注意が必要なのは、1月~4月1日生まれの「早生まれ」のお子様です。数え年で計算すると、満年齢よりも2歳近く早くなることがあります。
(例)2022年2月生まれのお子様の場合(2025年秋時点)
- 満年齢:3歳(2025年2月に3歳になったばかり)
- 数え年:4歳(2022年=1歳、2023年=2歳、2024年=3歳、2025年=4歳)
→この場合、数え3歳のお祝いは、2024年(満2歳の年)に行うことになります。満2歳での着付けや参拝は、お子様にとってかなりの負担になる可能性があります。
年齢別・選び方のポイント
かつては「数え年」で行うのが伝統的でしたが、インプット情報内のアンケート調査によれば、現代では「満年齢」でお祝いするご家庭が約74.5%にのぼり、圧倒的に主流となっています。
この背景には、それぞれの年齢における現実的なメリット・デメリットがあります。
【3歳のお祝い】(髪置き)
満年齢(実質3歳)を強くお勧めするご家庭が多いです。
理由:
数え年(実質2歳、早生まれだと1歳代)では、イヤイヤ期真っ最中であったり、人見知り・場所見知りが激しかったりします。
長時間の着付け、参拝、写真撮影は、お子様にとって大きな負担となり、終始泣き顔…ということも。
満3歳であれば、体力もつき、言葉での意思疎通もある程度可能になります。
ヘアアレンジに必要な髪の量も増えます。
「あどけなさ」は少し減るかもしれませんが、笑顔の思い出を残せる可能性が高まります。
【5歳のお祝い】(袴着)
満年齢(実質5歳)で祝うのが一般的です。
理由:
数え年(実質4歳)でも可能ですが、満5歳の方が体格もしっかりし、勇ましい袴姿がより映えます。
また、儀式(ご祈祷など)の意味も少しずつ理解できるようになる年齢です。
【7歳のお祝い】(帯解き)
これはご家庭の考え方によって分かれます。
満年齢(実質7歳、小学1年生):
体力もあり、着付けもスムーズです。自分の意見(着物の色柄など)も言えるようになります。
ただし、この時期は乳歯の生え替わりと重なりやすく、「歯が抜けた写真」になる可能性も。
数え年(実質6歳、年長):
永久歯が生え揃う前で、あどけない可愛らしさが残る姿を写真に収められる、という考え方もあります。
体力面では満7歳に劣りますが、幼稚園・保育園の行事との兼ね合いで選ぶ方もいます。

兄弟姉妹の同時お祝い
最近非常に増えているのが、兄弟姉妹のお祝いをまとめるケースです。例えば、「お兄ちゃんが満5歳、妹さんが数え3歳(実質2歳)」や「お姉ちゃんが満7歳、弟くんが満5歳」のように、ご家庭の都合に合わせて柔軟に組み合わせています。
親御さんの準備や費用の負担を一度で済ませられる、家族全員の記念写真が撮れる、といった大きなメリットがあります。お子様とご家族にとって無理のないタイミングを選ぶことが、現代の七五三では一番大切にされています。
当日の服装や写真撮影の準備
現代の七五三は、「神社への参拝・ご祈祷」という伝統的な側面と、「記念写真を残す」という家族イベント的な側面、その両方が非常に重視されています。
ある調査では、9割以上が「神社に参拝」し、そのうち約7割が「ご祈祷も受ける」、そして約86%が「記念写真を撮影する」と回答しています。ほとんどのご家庭が、この2つをセットで行っていることがわかります。
衣装(和装)の基礎知識
まずは、それぞれの年齢で着用する伝統的な和装について知っておきましょう。
- 3歳(女の子):被布(ひふ)
着物の上に、ベストのような形の「被布」を羽織ります。
まだ幼いため、大人と同じような帯を締めるのが難しいため、着付けが比較的簡単なこのスタイルが主流です。
ふんわりとしたシルエットが3歳ならではの可愛らしさを引き立てます。 - 5歳(男の子):羽織袴(はおりはかま)
「袴着の儀」に由来する、最も格式の高い正装です。
着物の上に、羽織と袴を着用します。ビシッと決まった姿は、3歳の時とはまた違う、成長した勇ましさを感じさせます。 - 7歳(女の子):四つ身(よつみ)・帯付き
「帯解の儀」に由来し、3歳の被布とは異なり、大人と同じように「四つ身」と呼ばれる着物に、帯(袋帯や作り帯)を締める本格的なスタイルです。
着付けも複雑になり、一気に「お姉さん」らしい華やかな装いになります。
レンタル vs 購入 vs 洋装
衣装の準備方法も多様化しています。
主流は「レンタル」(約76.4%)
メリット:
- 購入するより安価。
- 七五三らしい華やかな和装が選べる。
- 着付け小物や草履なども一式セットになっていることが多い。
- クリーニングや保管の手間が不要。
デメリット:
- 人気の柄やシーズン(11月)は早くから予約しないと埋まってしまう。
- 汚損・破損した場合、追加料金がかかる可能性がある。
購入
メリットは、ご自身の持ち物になるという満足感や、兄弟姉妹・親戚間で使い回せる可能性がある点です。デメリットは、やはり高額になることと、着物特有の保管場所やお手入れ(虫干しなど)が必要になる点です。
洋装(ワンピース、スーツ)
もちろん、和装にこだわる必要は全くありません。
入園式や入学式、発表会などと兼用できるフォーマルな洋装(女の子ならワンピース、男の子ならスーツ)を選ぶご家庭も増えています。
メリットは、子供本人が動きやすく楽であること、費用を抑えられること、別の機会にも着回せることです。
神社のご祈祷なども、洋装で全く問題ありません。
写真撮影の選択肢
写真撮影の場所についても、アンケート調査では「フォトスタジオで撮影」(約69.6%)が、「神社で撮影」(約47.5%)を上回る結果となっています(複数回答)。
- フォトスタジオ(主流)
天候に左右されず、プロの照明・技術で美しい写真を残せます。
衣装のレンタルやヘアメイクがセットになっているプランが多いのも魅力です。 - 出張撮影(神社同行)
カメラマンに神社まで来てもらい、お参りの様子や自然な表情を撮影してもらうスタイルです。
スタジオとは違った、ドキュメンタリー風の写真が残せます。 - セルフ撮影(スマホ・デジカメ)
費用は抑えられますが、当日は親御さんも着物を着ていたり、子供の世話で手一杯だったりするため、満足のいく写真を撮るのはかなり大変かもしれません。
「スタジオでの前撮り」と「参拝当日のスナップ写真」を組み合わせるのが、現代のスタンダードになりつつあります。

ご祈祷について
神社での「参拝」と「ご祈祷」は異なります。
- 参拝:
お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手一拝でお参りすること。
これは誰でも自由にできます。 - ご祈祷(ごきとう):
神社の拝殿(建物の中)に昇殿し、神職さんに祝詞(のりと)をあげてもらい、お子様の名前を神様にお伝えして、健やかな成長を正式にお願いする儀式です。
せっかくの七五三ですから、ご祈祷も受けることをお勧めします。ご祈祷を受ける場合は、「初穂料(はつほりょう)」または「玉串料(たまぐしりょう)」と呼ばれる謝礼を納めます。
金額は神社によって「お気持ちで」とされる場合と、「お一人様5,000円」「一家族10,000円」などと決められている場合があります。事前に神社のウェブサイトで確認するか、電話で問い合わせておくと安心です。多くの神社では、予約不要で当日受付ですが、混雑する神社や一部の神社では「完全予約制」の場合もあるため、注意が必要です。
「七五三でなぜ女の子は2回」かの総括
さて、この記事の出発点であった「七五三でなぜ女の子は2回お祝いするのか」という疑問について、最後にポイントを総括します。
この疑問を解く鍵は、歴史、文化、そして地域性にありました。
女の子が2回お祝いする理由(まとめ)
- 女の子のお祝いは、歴史的に異なる2つの儀式、3歳の「髪置きの儀(かみおきのぎ)」(髪を伸ばし始める)と7歳の「帯解の儀(おびときのぎ)」(初めて帯を締める)という、成長段階に応じた2つの節目に由来するため。
- 一方で、男の子は5歳の「袴着の儀(はかまぎのぎ)」(初めて袴を履く)という、社会的な意味合いの強い儀式がメインとして江戸時代に定着したため、一般的に「1回」と認識されている。
- ただし、「男の子は1回」という常識は、主に関東(武家文化)の習慣。関西(公家文化)などでは、3歳の「髪置き」も重視され、男の子も3歳と5歳の「2回」祝うのが一般的であり、地域差が非常に大きい。
七五三は、その土地の歴史や文化を映し出す、非常に多様性に富んだ行事です。ご自身の常識と他の方の常識が違っていても、どちらも間違いではありません。
ぜひ、ご自身の地域の風習やご家庭の考え方を大切にしながら、形式にとらわれすぎず、お子様にとって素敵な思い出となる一日を計画してくださいね。