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新しい年の始まりを告げる初詣は、私たち日本人にとって欠かせない大切な行事ですね。
除夜の鐘の音を聞きながら、あるいは元旦の澄み切った朝の空気の中で、今年一年の無事と平安を祈る時間は、何物にも代えがたい神聖なひとときです。
しかし、いざ家族や友人と、あるいは一人でお寺へお参りに行こうとしたとき、ふと立ち止まってしまうことはありませんか?
「あれ、お寺の初詣の仕方は神社と同じでいいんだっけ?」
「手を合わせるとき、パンパンと手を叩いていいのかな?」
「お線香って、どのタイミングであげればいいの?」
そんな素朴な疑問や不安が頭をよぎり、周りの人の見よう見まねでなんとなく済ませてしまった……なんて経験、覚えがあるのではないでしょうか。

実はお寺と神社では、参拝の手順や作法にいくつかの決定的な違いが存在します。
鳥居ではなく山門をくぐり、神様ではなく仏様に向き合うお寺の参拝には、仏教ならではの深い意味と、長い歴史の中で育まれた美しい所作があるのです。
この作法やマナーの違いを正しく理解しておくことで、神仏習合の歴史を持つ日本ならではの奥深い文化をより楽しめるようになりますし、何より迷いや不安が消え、心からの祈りを捧げることができるようになります。

この記事では、お寺での参拝に関する基本的な流れから、お賽銭や服装のマナー、そして宗派による違いまでを、わかりやすく徹底解説します。
正しい知識を身につけて、清々しく晴れやかな気持ちで新年のスタートを切りましょう。

記事のポイント
  • お寺の山門から本堂に至るまでの基本的な参拝ルートと所作
  • 手水舎での清め方や常香炉での線香の供え方などの具体的作法
  • 神社との最大の違いである「拍手」の有無や祈願のルール
  • お賽銭の相場や御朱印をいただく際のマナーと注意点

基本的なお寺の初詣の仕方の流れ

お寺への初詣は、単に「願い事をするために行く場所」ではありません。
そこは仏様やご先祖様がいらっしゃる「浄土」を模した聖域であり、私たちが日常の喧騒やストレスで疲れた心を癒やし、自分自身を見つめ直すための特別な空間です。
山門をくぐるところから始まり、参道を歩き、本堂にたどり着くまでのプロセスそのものが、仏教的な修行の一環であり、心を清める儀式になっていると言っても過言ではありません。
いきなり本堂へ直行するのではなく、一つ一つの場所に込められた意味を感じながら歩を進めることで、初詣の充実度は何倍にも高まります。
ここでは、お寺の敷地に入ってから本堂の前に立つまでに知っておきたい、具体的な手順とマナーについて、順を追って詳しく解説していきます。

基本的なお寺の初詣の仕方の流れ
日本の行事・風物詩ガイド

山門のくぐり方と服装のマナー

まず最初に私たちが迎えるのが、お寺の正門にあたる「山門(さんもん)」です。
多くのお寺では、この門のことを「三門」とも表記します。
これは仏教の教えにおいて、悟りの境地に至るために通過しなければならない三つの関門、「空門(くうもん)」「無相門(むそうもん)」「無願門(むがんもん)」を象徴していると言われています。
つまり、この門をくぐるということは、欲望や執着にまみれた「俗世(娑婆)」を離れ、仏様の教えが満ちる「聖域」へと足を踏み入れることを意味するのです。
そう考えると、ただ漫然と通り過ぎてしまうのはもったいない気がしませんか?

山門を通る際の作法として最も大切なのは、「門の前で立ち止まり、本堂に向かって一礼(一揖)をする」ことです。
これは、「これからお邪魔します」「神聖な場所に入らせていただきます」という、住職やご本尊への敬意と許可を求める挨拶です。
お辞儀の角度は45度くらいが丁寧ですが、何より大切なのは「心を込める」ことですね。
そしてこの時、マナーとして気をつけたいのが「帽子」や「サングラス」などの着用です。
真冬の初詣では、寒さ対策のためにニット帽やマフラー、手袋が欠かせませんが、挨拶をするその一瞬だけは、これらを外して身なりを整えるのが大人の礼儀と言えるでしょう。
「寒いからそのままでいいですよ」と許容されることも多い現代ですが、自分自身の心構えとして、「仏様の前では素の自分で向き合う」という意識を持つことが大切かなと思います。

山門のくぐり方と服装のマナー
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絶対にやってはいけない「敷居踏み」

山門の下には、木製の太い「敷居」があることが多いですが、これを踏むことは厳禁です。
日本の伝統建築において、敷居は結界(境界線)の象徴であり、またその家の主(お寺なら住職やご本尊)の顔に見立てられることがあります。
敷居を踏むことは、主の顔を踏みつけるのと同じくらい非礼な行為とみなされますので、意識してまたぐようにしましょう。
特に着物を着ている場合は裾が触れやすいので、少し持ち上げて慎重に通るのがスマートですね。

また、大きな山門の左右には、筋骨隆々とした「金剛力士像(仁王像)」が安置されていることがよくあります。
口を開けた「阿形(あぎょう)」と、口を閉じた「吽形(うんぎょう)」の二体は、お寺の中に悪いもの(邪気)が入り込むのを防いでくれている守護神です。
通り過ぎる際に、彼らに対しても「守ってくれてありがとうございます」という気持ちで軽く会釈をすると、より心が整います。

ちなみに、参道の歩き方についてですが、神社では「真ん中は神様の通り道(正中)だから歩いてはいけない」とされますが、お寺ではそこまで厳密な決まりはないという説が一般的です。
とはいえ、仏様への敬意を表すという意味で、あるいは混雑時のスムーズな往来のために、端を歩くことを推奨するお寺も多いです。
郷に入っては郷に従えで、基本的には端を歩く謙虚な姿勢を持っておくのが無難かもしれませんね。

手水舎での正しい手水の作法

山門を厳粛な気持ちでくぐり抜けると、参道の脇に水が流れる「手水舎(ちょうずや・てみずや)」が見えてきます。
初詣の時期は寒さが厳しく、冷たい水に触れるのをためらってしまうこともあるかもしれませんが、このプロセスには非常に重要な意味があります。
これは神道における「禊(みそぎ)」、つまり川や海で全身を洗って清める儀式を、現代風に簡略化したものです。

私たちは日常生活の中で、知らず知らずのうちに嘘をついたり、人を傷つけたり、悪いものに触れたりして「穢れ(けがれ)」を溜め込んでいます。
その穢れをきれいさっぱり洗い流し、清浄な状態でご本尊の前に立つための準備運動のようなものだと考えてください。
基本的な手順は神社と全く同じですので、一度マスターしてしまえばどちらでも自信を持って振る舞えます。

手水の完全マスター手順

  1. 一礼する:
    手水舎の前で軽く一礼します。
  2. 右手で汲む:
    右手で柄杓(ひしゃく)を持ち、水をたっぷりと汲み上げます。
    ※この一杯の水ですべての工程を行うのが理想的です。途中で水を汲み足すのはスマートではありません。
  3. 左手を洗う:
    その水を左手にかけて洗い流します。
  4. 右手を洗う:
    柄杓を左手に持ち替え、右手を洗います。
  5. 口をすすぐ:
    再び柄杓を右手に持ち、左手の掌(たなごころ)に水を受け、その水で口をすすぎます。
    ※柄杓に直接口をつけるのは、衛生面でもマナー面でも絶対にNGです(直飲み禁止)。
  6. 左手を洗う:
    口をつけた左手をもう一度洗います。
  7. 柄を洗う:
    最後に柄杓を垂直に立てて、残った水で自分が持っていた柄(持ち手)の部分を洗い流します。
  8. 戻す:
    柄杓を元の位置に伏せて戻し、最後に一礼します。
手水舎での正しい手水の作法
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ハンカチやタオルは、すぐに取り出せるポケットやバッグの手前に入れておくのがポイントです。
濡れた手でバッグの中をガサゴソと探すのは、見た目にも美しくありませんし、せっかく清めた手がまた汚れてしまう気がしますよね。
また、真冬の水の冷たさは、まさに「修行」の一環。
指先がかじかむほどの冷たさを感じることで、浮ついた気分が引き締まり、「これから祈るんだ」という覚悟が決まるような感覚を、私も毎年味わっています。

近年では、感染症対策の影響で柄杓を撤去し、センサー式の流水で直接手を清める形式のお寺も増えています。
また、使われなくなった手水鉢に色とりどりの花を浮かべた「花手水(はなちょうず)」として、目を楽しませてくれるスポットも人気ですね。
形式が変わっても、「水で心身を清める」という本質は変わりません。
現地の案内板や指示に従い、柔軟に対応しながら、清々しい気持ちを作っていきましょう。

常香炉での線香の供え方と手順

手水舎での浄化を終えてさらに進むと、本堂の手前に大きな香炉、「常香炉(じょうこうろ)」から煙が立ち上っている光景に出会うことがあります。
ここで行うのが「献香(けんこう)」、つまりお線香をお供えする儀式です。
手水舎が「水」による物理的な浄化だとするならば、常香炉は「火と煙」による精神的な浄化、そして仏様とのコミュニケーションの始まりと言えるでしょう。
お線香の放つ良い香りは「香食(こうじき)」と呼ばれ、仏様にとっての最上の食事となります。
同時に、その香りと煙を浴びることで、参拝者自身の身についた不浄を払い、心身を清浄にする効果があると信じられています。

まず、お線香の入手方法ですが、香炉の近くにある授与所で購入するか、備え付けの箱に小銭を入れて束をいただく形式が一般的です。
持参したお線香を使っても良いお寺もありますが、基本的には現地で用意されているものを使うのがスムーズでしょう。
火をつける際は、必ず自分が用意したライターや、お寺が用意している種火(専用のロウソクやガスバーナー)を使います。

ここで一つ、絶対に避けたいタブーがあります。
それは、「他人が供えたお線香から火をもらう(もらい火)」ことです。
古くからの言い伝えで、他人の火をもらうことは、その人が抱えている「業(ごう)」や「罪」、あるいは「悲しみ」まで一緒に引き受けてしまうことになると言われています。
迷信かもしれませんが、見知らぬ人の悩みをもらってしまうのは避けたいところですよね。必ず「新しい火」から点火するようにしましょう。

お線香に火がついたら、手で仰いで炎を消します。
ここでも注意点ですが、口で「ふーっ」と息を吹きかけて消すのはマナー違反です。
仏教において、人間の口は嘘をついたり悪口を言ったりする「災いのもと(不浄なもの)」と考えられています。
その汚れた息を、仏様の食事であるお線香に吹きかけるのは失礼にあたるというわけです。
必ず手でパタパタと仰ぐか、スッと素早く振って消しましょう。

常香炉での線香の供え方と手順
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煙を浴びる際は、手で煙を自分のほうへ招き寄せます。
「頭が良くなりますように」と頭に、「痛みが取れますように」と腰や肩に、といった具合に、体の不調な部分や良くしたい部分に煙をあてる光景は、初詣の風物詩ですよね。
これを「無病息災」や「身体健全」の祈願として行う方が多いですが、本来は「仏様の智慧(ちえ)と慈悲」を全身に浴びる行為でもあります。
煙に包まれることで、仏様の世界に入る準備が整ったと感じながら、いよいよ本堂へと進みましょう。

鐘をつくタイミングと注意点

年末年始のお寺といえば、ゴーンと腹の底に響く「除夜の鐘」をイメージする方も多いでしょう。
108回という数は、人間が持つ「煩悩(ぼんのう)」の数を表しているとされ、一つ鐘をつくたびに一つの煩悩が消え、清らかな心で新年を迎えられると言われています。
除夜の鐘は深夜に行われますが、元旦以降の初詣の時間帯でも、参拝者が自由に鐘をつけるように開放しているお寺があります。
「せっかくだからついていこう!」とテンションが上がる瞬間ですが、ここには非常に厳格な、そして間違えやすいルールが存在します。
それは、「鐘をつくのは、必ず参拝の前に行う(入り鐘)」という鉄則です。

タブーとされる「戻り鐘」とは?

本堂でのお参りを終えて、帰る直前に鐘をつくことを「戻り鐘(もどりかね)」や「出鐘(でがね)」と呼びます。
これは絶対に避けるべき行為とされています。理由は主に二つあります。
一つ目は、「出戻る」という言葉に通じ、縁起が悪いとされること。
二つ目は、亡くなった人をあの世へ送り出すときに鐘をつく風習に似ているため、不幸を連想させるとして忌避されることです。
また、せっかく本堂で積んだ功徳(良い行い)が、鐘の音とともに消えてしまうという説もあります。
鐘は「これからお参りします」という合図であり、心を整えるためのものですから、必ず行きがけにつくようにしましょう。

鐘をつくタイミングと注意点
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鐘をつく際の手順も、ただ力任せに叩けばいいというものではありません。
まず鐘楼(しょうろう)の前に立ち、鐘に向かって合掌して一礼します。
次に撞木(しゅもく)の紐をしっかり持ち、後ろに引いてから、鐘の撞座(つきざ)めがけて静かに、しかし力強く打ち込みます。
ゴーンという音が響き渡ったら、すぐに紐を離すのではなく、その余韻を心で感じ取りましょう。
音が完全に消えるのを見届けるような気持ちで、最後にもう一度、鐘に向かって合掌一礼します。
連打するのはマナー違反ですので、心を込めて「一打」入魂でお願いします。

ただし、近年では住宅地にあるお寺などを中心に、近隣への騒音配慮から鐘つきを禁止していたり、特定の時間帯や整理券制にしていたりするケースも増えています。
「鐘をつきたかったのに!」と残念がる前に、まずはお寺の掲示や係の方の指示を確認し、ルールを守って楽しむ余裕を持ちたいですね。

お賽銭の金額と縁起の良い額

初詣の準備をする際、多くの人が気にするのが「お賽銭いくらにしよう?」という問題ではないでしょうか。
5円玉や50円玉など、穴の空いた硬貨を一生懸命集めた経験は、きっと誰にでもあるはずです。
日本では古くから「語呂合わせ(言霊信仰)」が根付いており、お賽銭の金額に意味を持たせて縁起を担ぐ風習が広く浸透しています。

金額語呂合わせの意味備考
5円「ご縁がありますように」最もポピュラーな金額
10円「重ね重ねご縁がありますように」
(5円玉×2枚の場合)
10円玉1枚だと「遠縁(縁が遠のく)」とされる説も
15円「十分(じゅうご)ご縁がありますように」5円玉×3枚
45円「始終(しじゅう)ご縁がありますように」5円玉×9枚
115円「いいご縁がありますように」 
485円「四方八方からご縁がありますように」 

一方で、避けたほうが良いとされる金額の俗説も存在します。
例えば「10円玉1枚」は「遠縁(とおえん)」=縁が遠ざかる、「500円玉」は「これ以上硬貨(効果)がない」=限界に達している、といった解釈です。
しかし、これらはあくまで言葉遊びや迷信の類であり、仏教の教義において「金額の多寡や硬貨の種類によってご利益が変わる」という教えは一切存在しません。
安心してください、10円玉を入れたからといって仏様が「縁を切ろう」なんて思うはずがありませんから。

お賽銭の金額と縁起の良い額
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お賽銭の本来の意味は「布施(ふせ)」、もっと言えば「喜捨(きしゃ)」の精神です。
「喜捨」とは、「喜んで捨てる」と書きます。
自分のお金(執着の対象)を、見返りを求めずに手放すことで、自分の欲を洗い流す修行の一つなのです。
また、お賽銭は寺院の維持管理に使われる大切な「浄財」でもあります。
ですから、最も重要なのは「語呂合わせ」にこだわることよりも、「自分が痛みを伴わない範囲で、感謝の気持ちを込めて出す」こと。
無理をして大金を出す必要はありませんし、逆に小銭がないからといって投げやりになるのも違います。

もし奮発して千円札や一万円札などの紙幣を納める場合は、そのまま賽銭箱に入れるのではなく、白い封筒に包み、裏面に住所と氏名を書いて納めるのが丁寧なマナーです。
そして何より、お賽銭を「投げ入れる」のは絶対にやめましょう。
遠くから放り投げるのは、仏様に物を投げつけるのと同じこと。
賽銭箱のふちから滑らせるように、そっと音を立てずに納める姿こそが、美しい参拝の所作と言えます。

最近ではキャッシュレス決済(QRコードなど)でお賽銭を受け付けるお寺も登場していますが、これについても「心がこもっていれば手段は問わない」という考え方が広まりつつあります。
時代の変化を受け入れつつ、感謝の心だけは変えずにいたいものですね。

お寺の初詣の仕方と参拝の作法

さあ、いよいよ本堂の前に立ち、ご本尊と向き合うクライマックスの瞬間です。
ここでの振る舞いが、お寺の初詣における核心部分と言っても過言ではありません。
山門から続くアプローチを経て、心はすでに静まり、準備は整っているはずです。
しかし、いざ手を合わせる段になって、神社での参拝癖が出てしまい、無意識のうちに「パンパン!」とやってしまう人が後を絶ちません。
お寺にはお寺独自の、静寂を重んじる祈り方があります。

ここでは、多くの人が最も迷いやすい「拍手」の問題や、具体的な祈願の手順、そして宗派ごとの特徴について、さらに深掘りして解説していきます。

お寺の初詣の仕方と参拝の作法
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拍手は打たない?神社との違い

お寺と神社の参拝作法で、最大の違いにして最大の難関が「手を叩くかどうか」という点です。
結論から申し上げますと、お寺の参拝では基本的に「拍手(かしわで)」は打ちません。
これはもう、テストに出るくらい重要なポイントですので、ぜひ覚えておいてください。

神社の作法である「二礼二拍手一礼」における拍手には、音を鳴らすことで神様をお招きし(降神)、邪気を払うという意味が込められています。
一方、仏教における基本姿勢は「合掌(がっしょう)」です。
胸の前で両手をぴったりと合わせる合掌の形には、深い意味があります。
右手は「仏様(清浄な世界)」を、左手は「自分自身(不浄な衆生)」を表しており、この二つを合わせることで、仏様と自分が一体になり、成仏を願う心を表現しているのです。
つまり、お寺では音を立てて何かを呼ぶ必要はなく、静かに手を合わせることで内面を見つめ、仏様と対話することが求められるのです。
「静寂」こそが、仏教における最高の礼節なんですね。

もしお寺で「パンパン!」と大きな音を立ててしまうと、静かに祈っている周囲の参拝者を驚かせてしまうだけでなく、「あ、あの人作法を知らないな」と思われてしまうかもしれません。
とはいえ、人間ですから間違えてしまうことはあります。
もしうっかり拍手を打ってしまっても、「しまった!」とパニックにならず、すぐに静かに合掌し直して、「失礼しました」と心の中で謝れば大丈夫です。
仏様は慈悲深い存在ですから、その程度のミスで罰を与えたりはしません。

拍手は打たない?神社との違い
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例外的なケース:拍手をするお寺もある?

「拍手は打たない」が大原則ですが、実は例外も存在します。
一部の宗派や特定のお寺(例えば、神仏習合の色合いが濃い寺院や、高野山真言宗の一部など)では、修行や儀礼の一環として手を叩く「拍掌(はくしょう)」や「弾指(たんじ)」という作法が行われることがあります。
しかし、これは神社の柏手とは意味合いや打ち方が異なる高度な作法です。
もし周りの常連らしき参拝者が手を叩いていたとしても、初心者が無理に真似をする必要はありません。
迷ったときは、「拍手は打たずに静かに合掌する」のが、日本全国どのお寺に行っても通用する、最も無難で間違いのない丁寧なマナーです。

本堂での合掌と願い事の唱え方

では、実際の本堂での一連の流れをシミュレーションしてみましょう。
まず、本堂の正面に進み出ます。もし混雑している場合は、無理に中央(ご本尊の真正面)を陣取る必要はありません。
仏様はどこからでも私たちを見てくださっていますので、空いているスペースで静かに向き合いましょう。

最初に、姿勢を正して軽く一礼(一揖)します。
続いて、お賽銭を賽銭箱に入れます。先ほどもお伝えしましたが、投げずに「そっと置く」イメージで。
このとき、賽銭箱の上に「鰐口(わにぐち)」と呼ばれる平たい鐘や、鈴が吊るされていることがあります。

もしあれば、これにつながっている綱(鰐口紐)を両手で持ち、2〜3回程度、ゴーン、ゴーンと打ち鳴らします。
これは仏様に来訪を告げるチャイムのような役割と、その音色で参拝者自身の蒙(無知)を啓くという意味があります。
ただし、深夜早朝や混雑時には、騒音防止のために紐が巻き上げられていることもありますので、その場合は鳴らさなくてOKです。

そして、いよいよ祈りの時間です。
胸の前で静かに合掌し、深く腰を折って一礼(拝)をしたまま、あるいは頭を少し下げた状態で、心の中で祈りを捧げます。
ここで大切なのが、祈る内容の「構成」です。
いきなり「宝くじが当たりますように!」と欲望全開で願い事を突きつけるのは、初対面の人にお金を無心するようなもので、あまり褒められた行為ではありません。
まずは、「昨年一年間、無事に過ごさせていただき、ありがとうございました」という「感謝」から始めるのが礼儀です。
感謝の気持ちを伝えた上で、心の中で自分の「住所」と「氏名」を名乗ります。
「神仏は全知全能だから名乗らなくてもわかる」という説もありますが、自己紹介をするのはコミュニケーションの基本ですよね。

本堂での合掌と願い事の唱え方
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その後に、新年の願い事や誓いを伝えます。
仏教的なお祈りのコツとしておすすめなのが、「〇〇になりますように」という受動的な願い事ではなく、「〇〇を成し遂げますので、お見守りください」という「誓願(せいがん)」の形をとることです。
他力本願(仏様の力にすがる)だけでなく、自力本願(自分の努力)もセットにすることで、願いはより具体的になり、実現へのパワーが湧いてくるはずです。
祈り終えたら、最後にもう一度深く一礼をして、後ろに下がり、本堂を後にします。

宗派で異なる唱える言葉と作法

ここまでの基本作法に加え、さらに一歩進んだ「通(ツウ)」な参拝を目指すなら、宗派ごとの違いを意識してみましょう。
仏教には多くの宗派があり、それぞれの教えに基づいて、唱える言葉(名号・題目・真言)やお線香の供え方が微妙に異なります。
もし、参拝するお寺の宗派がわかっている場合や、自分の家の宗派が決まっている場合は、その流儀に合わせるとより深い信仰の実践となります。

宗派唱える言葉(読み方)線香の供え方
天台宗南無阿弥陀仏
(なむあみだぶつ)
※南無妙法蓮華経の場合も
3本を立てる
(逆三角形に配置)
真言宗南無大師遍照金剛
(なむだいしへんじょうこんごう)
3本を立てる
(手前に1本、仏側に2本)
浄土宗南無阿弥陀仏
(なむあみだぶつ)
1本(または複数)を立てる
浄土真宗南無阿弥陀仏
(なむあみだぶつ)
1本を折って寝かせる
(立てないのが特徴)
曹洞宗
臨済宗
南無釈迦牟尼仏
(なむしゃかむにぶつ)
1本を香炉の中央に立てる
日蓮宗南無妙法蓮華経
(なむみょうほうれんげきょう)
1本または3本を立てる

表にある「南無(なむ)」とは、サンスクリット語の「ナマス」が語源で、「〜に帰依します」「〜を信じてお任せします」という意味です。
例えば「南無阿弥陀仏」は、「阿弥陀仏様、あなたを信じます」という愛の告白のような言葉なんですね。
真言宗などでは、ご本尊(不動明王や薬師如来など)ごとに特定の「真言(マントラ)」がありますが、一般参拝者がこれを全て暗記するのは大変です。
そんなときは、「南無◯◯(ご本尊の名前)」と唱えるだけでも十分ですし、もし何もわからなければ、シンプルに「ありがとうございます」と感謝を念じるだけでも、気持ちは必ず伝わります。

お線香の本数についても、3本は「仏・法・僧(三宝)」や「過去・現在・未来」を表すなど意味がありますが、初詣の混雑した香炉では、厳密な配置をするスペースがないことも多々あります。
そんなときは、「空いている場所に、火傷しないように気をつけて1本供える」という臨機応変な対応で全く問題ありません。
形式にとらわれすぎてガチガチになるよりも、敬う心を持って柔軟に行動することこそが、仏教的でスマートな振る舞いです。

宗派で異なる唱える言葉と作法
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お守りの返納と御朱印のルール

本堂での参拝を無事に終えたら、ほっと一息。
ここからは、新しい年のお守りや破魔矢などの授与品をいただいたり、記念の御朱印をお願いしたりする時間です。
しかし、ここでも順番を間違えてはいけません。
鉄則は、「参拝が先、授与品は後」です。
仏様へのご挨拶も済ませずに、いきなり「御朱印ください!」と御朱印所へ直行するのは、スタンプラリー感覚と言われても仕方のないマナー違反。
まずはしっかりと本堂で手を合わせ、その「参拝の証」として御朱印やお守りをいただくのが本来の筋道です。

また、初詣はお守りの「世代交代」のタイミングでもあります。
昨年一年間守ってくれた古いお守りやお札を持参して返納する場合、原則として「いただいたお寺」に返すのが基本です。

もし遠方で難しい場合は、「同じ宗派」のお寺や、近隣のお寺でも受け入れてもらえることが多いですが、ここで注意点が一つ。
「神社のお札をお寺に返す(またはその逆)」は避けましょう。
神道と仏教では、供養や処分の作法(祝詞とお経の違いなど)が異なります。
境内にある「古札納所(こふだのうしょ)」などを利用する場合も、神社用とお寺用が混ざらないよう、分別して納めるのが最低限のマナーです。
納める際は、感謝の気持ちを込めて「お焚き上げ料(焼納料)」をお賽銭箱に入れるのを忘れずに。

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御朱印をいただく際の心得

近年、御朱印ブームの過熱により、一部でマナーの悪化が指摘されています。
以下の点は特に注意しましょう。

  • 準備を整える:
    御朱印帳のカバーを外し、書いてほしいページを開いてから渡しましょう。
  • 静かに待つ:
    書き手の方が筆を走らせている間は、精神を統一している時間です。
    私語を慎み、静かに待ちましょう。
  • 撮影禁止:
    書いている手元や様子を無断で写真・動画撮影することは、多くの寺院で禁止されています。
  • 転売禁止:
    御朱印は信仰の対象であり、ネットオークション等での転売や購入は冒涜行為とみなされます。
  • 小銭の用意:
    お釣りが要らないよう、小銭(300円、500円など)を予め用意しておくとスマートです。

最近では、書置き(紙の御朱印)のみの対応や、郵送での受付を行うお寺も増えています。
「手書きじゃないと嫌だ」なんて文句を言うのは言語道断。
どんな形であれ、そこにはお寺の方々の祈りが込められています。
いただいた御朱印やお守りは、家に帰ってからも神棚や仏壇、あるいは目線より高い清潔な場所に大切に祀りましょう。

心が整うお寺の初詣の仕方まとめ

ここまで、お寺の初詣における作法やマナーについて詳しく見てきましたが、いかがでしたでしょうか。
「覚えることが多くて大変そう……」と思われた方もいるかもしれませんね。
でも、これら全ての作法の根底にあるのは、たった一つのシンプルな思い。
それは、「仏様、そして自分自身に対する敬意と感謝」です。

山門で一礼して俗世のスイッチを切り、冷たい手水で目を覚まし、お線香の煙で身を清める。
そして本堂の静寂の中で、拍手を打たずに静かに手を合わせ、己の心と向き合う。
この一連の流れを丁寧に行うこと自体が、慌ただしい現代社会を生きる私たちにとって、最高のマインドフルネス(瞑想)の時間になるはずです。
神社のような華やかさや賑やかさとはまた違う、お寺ならではの「静謐(せいひつ)」な初詣。
それは、昨年の澱みをリセットし、新しい一歩を踏み出すための強力な儀式となるでしょう。

「拍手は打たない」
「お賽銭は投げない」
「お線香はもらい火をしない」
まずはこの3つのポイントを押さえておけば、どのお寺に行っても大きく外すことはありません。
あとは、周りの方への配慮と、感謝の笑顔があれば完璧です。
ぜひ今回の記事を参考に、今年のお正月は近くのお寺へ足を運び、心洗われる素晴らしい初詣を体験してみてください。
あなたにとって、新しい一年が光り輝く素晴らしいものになりますように、心からお祈り申し上げます。

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とっしー
運営者のとっしーです。
自然に囲まれて生活している私自身の経験から、「知ると暮らしが豊かになる」日本の行事や風物詩の魅力を発信しています。
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