身内が亡くなって初めて迎えるお正月は、世間が華やかなお祝いムードに包まれる中で、自分たちだけはどう過ごすべきなのか、ふとした瞬間に戸惑いを感じてしまうものです。
街中に流れるお琴の音色や、テレビから聞こえる「明けましておめでとう」という言葉が、どこか遠い世界のことのように感じられ、寂しさと共に「自分は初詣に行ってもいいのだろうか」という素朴な疑問が湧いてくることでしょう。
特に気にかかるのが、「お寺への初詣は忌中でも行っていいのか」という点や、いつまで参拝を控えるべきかという具体的な「期間」の問題ではないでしょうか。
インターネットで調べても、「喪中は初詣を控えるべき」という意見もあれば、「お寺なら大丈夫」という意見もあり、情報が錯綜していて余計に混乱してしまうことも少なくありません。
実は、神社とお寺では「死」に対する宗教的な捉え方や教義が根本的に異なるため、鳥居のくぐり方や当日の服装、さらには友人からの誘いに対する断り方など、知っておくべき作法やマナーが明確に分かれています。
この違いをあらかじめ理解しておかないと、知らず知らずのうちにタブーを犯してしまったり、あるいは必要以上に自粛しすぎて、本来できたはずの故人への供養の機会を逃してしまったりすることにもなりかねません。
年末に大切な家族を見送った後、慌ただしい葬儀や手続きが一段落し、ようやく悲しむ時間ができた頃にお正月を迎えるケースはよくあることです。
そのような状況下では、「家に閉じこもっているのも辛いけれど、初詣に行ったらバチが当たるのではないか」と、誰に聞けば良いのかも分からず、一人で悶々と悩んでしまう方は非常に多いものです。
多くの人が、喪中のお正月を前に同じような不安や葛藤を抱えています。
この記事では、専門的な用語をなるべく使わず、忌中や喪中に関する基本的な知識から、お寺への具体的な参拝マナー、さらにはおせち料理や神棚封じといった家庭内での生活習慣に至るまで、私なりに整理した情報を網羅的にお話しします。
- 忌中であってもお寺への初詣は「追善供養」になるため問題ないこと
- 神社への参拝は死を「穢れ」とするため忌明けまで厳格に避けるべきであること
- お寺特有の参拝作法や、拍手を打たずに静かに祈るマナーの詳細
- 神棚封じの手順やおせち料理の代替案など、家庭でのお正月の過ごし方
本記事の内容
忌中でもお寺へ初詣に行くのは可能か
結論から申し上げますと、忌中であってもお寺への初詣に行くことは基本的に問題ありません。
むしろ、推奨される行為ですらあります。
しかし、ここで一つ大きな注意点があります。
私たちが普段、何気なく「初詣に行こう」と言うとき、その行き先が「神社」なのか「お寺」なのかをあまり意識していないことが多いのではないでしょうか。
「近所の氏神様に行く」のと「有名なお寺に行く」のとでは、忌中における意味合いが天と地ほど異なります。
ここでは、多くの人が混同しやすい「期間」の定義や、なぜお寺なら大丈夫で神社はダメなのかという根拠について、歴史的背景や宗教観を交えながら深く掘り下げていきましょう。

忌中と喪中の期間や違いとは
まず最初に、絶対に整理しておかなければならないのが、「忌中(きちゅう)」と「喪中(もちゅう)」という二つの言葉の決定的な違いです。
これらは日常会話では同じような意味で使われがちですが、宗教的なルール(特に神社参拝の可否)を判断する上では、明確に区別して考える必要があります。
私が様々な資料や文献を調べて整理したところ、現代の日本においては以下のように定義されるのが一般的です。
1. 忌中(きちゅう):死の穢れが濃い期間
忌中は、故人が亡くなってから四十九日(仏教)または五十日(神道)までの、比較的短い期間を指します。
この期間は、故人の魂がまだこの世とあの世の間をさまよっている(仏教)、あるいは死による「穢れ(気枯れ)」が強く残っている(神道)と考えられています。
神道において、この期間は最も厳格な制約が課されます。
「穢れ」を神様の聖域に持ち込まないよう、神社の鳥居をくぐること、お祭りに参加すること、結婚式などの慶事に出席することは厳禁とされています。
一方で、仏教においては「中陰(ちゅういん)」と呼ばれ、七日ごとの法要を通じて故人が無事に成仏できるよう、遺族が祈りを捧げるための重要な期間となります。
2. 喪中(もちゅう):悲しみに寄り添う期間
喪中は、忌中を含むより長い期間で、一般的には一周忌(約1年間)までを指します。
これは宗教的な穢れの期間というよりも、「故人を偲び、悲しみ(喪)に服する期間」という社会的な意味合いが強いものです。
明治時代に出された「太政官布告」という法令(現在は廃止されていますが、慣習のベースになっています)でも、親等ごとの期間が細かく定められていました。
喪中の期間は、派手な宴会や結婚式、旅行などの「ハレ(非日常・お祝い)」の行事を慎むのがマナーとされていますが、神社への参拝自体が禁じられているわけではありません。
| 区分 | 期間(目安) | 意味と具体的な制約 |
|---|---|---|
| 忌中 (きちゅう) | 仏教: 49日間 (四十九日法要まで) 神道: 50日間 (五十日祭まで) | 死の穢れ(気枯れ)が濃い期間。 神社の敷地内への立ち入りは厳禁。 結婚式、祝賀会への参加は完全に自粛。 自宅の神棚を封じる(神棚封じ)。 |
| 喪中 (もちゅう) | 約1年間 (故人との関係性による) | 故人を偲び、自身の行動を慎む期間。 神社への参拝は可能(忌明け後)。 年賀状は出さず、寒中見舞いで対応。 お正月飾り(門松など)は控える。 |
この区別において最も重要な公的基準の一つとして、神社界の包括宗教法人である「神社本庁」の見解があります。
多くの神社がこの基準に沿って運営されており、私たち参拝者が迷った際の信頼できる指針となります。
出典:神社本庁『服忌について』)

ここが最大のポイント!
「喪中だから初詣は全部ダメ」というのは誤解です。
忌中(最初の約50日間)が明けていれば、まだ喪中期間であっても神社へのお参りは宗教的に可能になります。
ただし、お寺であれば、この50日を待たずとも、忌中の真っ只中であっても参拝が可能であるという点が、今回のテーマの核心です。
神社は避けてお寺へ参拝する理由
「なぜ、お寺はOKで、神社はNGなのか?」
この疑問を解く鍵は、日本人の精神性に深く根付いている「死生観(死に対する考え方)」の違いにあります。
かつて日本には「神仏習合」という、神様と仏様を一緒に祀る時代が長く続きましたが、明治時代の「神仏分離」以降、両者の役割とタブーは明確に分かれました。
1. 神道(神社)の視点:死は「穢れ」である
神道において、死は最大級の「穢れ(ケガレ)」として扱われます。
誤解してはいけないのは、ここでいう穢れとは「汚い」「不潔」という意味では決してないということです。
「穢れ」とは、「気枯れ(きがれ)」に由来するとも言われ、大切な人を失った悲しみで生命力が減衰し、生きる気力が枯れ果ててしまった状態を指します。
神社は、生命の躍動や清浄さを尊ぶ神様がいらっしゃる聖域です。
そこに、気が枯れてしまった状態の人間が入ることは、神様の清らかな力を弱め、ひいては地域全体に災いをもたらしかねないと伝統的に考えられてきました。
そのため、遺族は「忌中」の間、自宅に籠もって穢れが薄まるのを待ち、神様に穢れを移さないように遠慮するというのが、古来からのマナーなのです。

2. 仏教(お寺)の視点:死は「成仏への旅」である
一方で、仏教にはそもそも「死=穢れ」という概念がありません。
お寺は、葬儀や法要を執り行う場所であることからも分かるように、死と向き合い、亡くなった方の魂を導くための場所です。
仏教において、四十九日までの期間は、故人が仏様のもとへ向かうための大切な旅の途中であると考えられています。
そのため、忌中にお寺へお参りすることは、決してタブーではありません。
むしろ、ご本尊(仏様)に対して「故人が無事に極楽浄土へ行けますように」と願い、ご先祖様に「無事に新しい年を迎えられました」と報告することは、「追善供養(ついぜんくよう)」と呼ばれる立派な善行(良い行い)となります。
つまり、忌中のお寺への初詣は、「自分のお願いごとをしに行く」というよりも、「故人のために祈りに行く」という側面が強くなるのです。
「お正月だからお祝いをする」のではなく、「静かに手を合わせに行く」というスタンスであれば、お寺はいつでもあなたを温かく受け入れてくれるはずです。
浄土真宗に忌中の概念はない
ここで、「仏教なら全部同じ」と思ってはいけない重要な例外について触れておきましょう。
日本で最も多くの信徒を持つと言われる「浄土真宗(西本願寺・東本願寺など)」の場合です。
もしあなたのお家の宗派が浄土真宗であれば、そもそも「忌中」という概念そのものが存在しません。
これは、浄土真宗の開祖である親鸞聖人の教えに基づいています。
「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」の教え
一般的な仏教では、死後四十九日間かけて成仏すると考えますが、浄土真宗では「阿弥陀如来(あみだにょらい)」という仏様の絶大な力(他力本願)によって、亡くなったその瞬間に極楽浄土へ往生し、仏になると説かれています。
つまり、霊魂がこの世をさまよう期間(中陰)がないため、死を忌み慎んだり、穢れとして遠ざけたりする必要が一切ないのです。
したがって、教義上は、身内が亡くなった翌日であっても、お寺へのお参りはもちろん、神社への参拝も何ら制限されません。
「亡くなった方はすでに仏様となって私たちを見守ってくれている」と考えるため、喪中ハガキも出さず、「年賀欠礼」の挨拶状も本来は不要とされるほどです(実際には出すことが多いですが)。

現実的な対応のヒント
「じゃあ、浄土真宗だから初詣もパーティーも全開でOK!」と考えるのは、少し待ってください。
宗教上の理屈はそうであっても、日本社会には「身内が亡くなったら喪に服す」という慣習が根強く残っています。
親戚や近所の方々が全員、浄土真宗の教義を深く理解しているとは限りません。
「あの家は親が亡くなったばかりなのに派手に遊んでいる」といった無用な誤解や陰口を避けるためにも、対外的には一般的な「喪中マナー」に合わせて慎ましやかに振る舞うのが、賢明な大人の対応と言えるでしょう。
友達と行く場合の注意点と断り方
お正月といえば、久しぶりに会う地元の友人や、職場の同僚と初詣に行く約束をすることもあるでしょう。
しかし、自分が忌中や喪中の場合、どう対応すべきか非常に悩みますよね。
相手に気を使わせたくないし、かといって嘘をつくのも心苦しいものです。
行き先が「神社」の場合:勇気を持って断る
もし友人が「有名な〇〇神宮に行こうよ!」と提案してきた場合、行き先が神社であれば、残念ながら一緒に行くことはできません。
忌中の間は、神社の鳥居をくぐること自体がNGだからです。
よくある誤った対応として、「鳥居の手前で待っているから行ってきて」と同行する方法がありますが、これはお勧めしません。
待たせている友人に「早くお参りしなきゃ」と無用なプレッシャーを与えてしまいますし、お正月の賑やかな境内の外で一人ポツンと待つ時間は、想像以上に孤独で、故人を思い出して辛くなってしまう可能性があります。
【角が立たない断り方の例(LINEやメール)】
「誘ってくれてありがとう!すごく行きたいんだけど、実は先月身内に不幸があって、まだ忌中(喪中)なんだ。
神社の神様には穢れを持ち込まないように遠慮するのがマナーみたいだから、今回は控えておくね。
私の分まで、しっかりお願いしてきてね!また落ち着いたらご飯でも行こう!」
このように、「行きたくないわけではない」「マナーとして遠慮する」という点を正直に伝えれば、友人も必ず理解してくれます。
むしろ、「運気を下げないように配慮してくれたんだな」と、あなたの誠実さを感じ取ってくれるはずです。

行き先が「お寺」の場合:事前の根回しを
お寺であれば同行可能ですが、ここでも注意が必要です。
友人たちが「おみくじの結果で大盛り上がりしよう!」「屋台でビールを飲もう!」というテンションだった場合、喪中のあなたが一人だけ沈んだ顔をしていると、場の空気を重くしてしまうかもしれません。
行く前に、「お寺なら行けるんだけど、まだ喪中だからあまり派手には騒げないかも。それでも良ければ一緒に行きたいな」と一言伝えておきましょう。
そうすれば、友人も配慮してくれ、静かにお参りした後でカフェでお茶をするなど、プランを調整してくれるかもしれません。
お守り購入やおみくじは可能?
初詣の醍醐味の一つである「お守り」や「おみくじ」。
これらについても、忌中の扱いに迷う方が多いポイントです。
お寺であれば、基本的に購入したり引いたりしても全く問題ありません。
お守りの購入:供養と矛盾しない
お寺で授与されるお守りは、仏様のご加護が込められたものです。
「家内安全」「身体健全」はもちろん、「厄除け」のお守りを買うことも、故人の供養とは矛盾しません。
むしろ、残された家族が健康で幸せに暮らすことは、故人にとっても一番の喜びであり、安心材料になるはずです。
忌中だからといって、自分たちの幸せを願ってはいけないということはありません。
古札の返納問題:神社に行けない時どうする?
よくあるトラブルが、「昨年神社で買ったお守りを返したいけれど、忌中だから神社に入れない」というケースです。
お守りや破魔矢は「授かった場所に返す」のが原則ですが、忌中の50日間はそれができません。
【解決策】
- 忌明けまで自宅で保管する:
これが最も一般的で確実です。
神様は事情をすべてご存知ですので、50日を過ぎてから、あるいは2月の節分の時期などにお返しに行けば、決して罰は当たりません。
それまでは、白い紙や布に包んで、タンスの上など目線より高い清浄な場所に保管しておきましょう。 - 郵送で返納する:
最近では、遠方の参拝者のために郵送でお焚き上げを受け付けている神社やお寺が増えています。
封筒にお守りと、お焚き上げ料(お気持ち程度の小為替や現金書留など、神社の規定に従う)を同封して送ります。
事前に神社の公式サイトを確認したり、電話で問い合わせたりしてみましょう。 - 代理人に依頼する:
忌中でない家族や友人が初詣に行く際に、事情を話して託すのも一つの手です。

おみくじの扱い:仏様からのメッセージ
お寺でおみくじを引くことも可能です。
もし「凶」が出たとしても、落ち込む必要はありません。
仏教的な解釈では、「今が一番底であり、これからは上がるだけ」という励ましの意味や、「今は慎重に行動しなさい」という慈悲深いアドバイスと捉えられます。
忌中は精神的に不安定になりやすい時期ですので、仏様からの言葉を指針として、心を落ち着けるきっかけにすると良いでしょう。
忌中にお寺へ初詣する際の基本マナー
「お寺なら行ってもいい」という許可証を手に入れたあなた。
しかし、いざお寺の門をくぐる時、普段と同じように振る舞ってしまっては、せっかくの供養が台無しになってしまうかもしれません。
お寺にはお寺独自の、そして忌中には忌中なりの「作法」が存在します。
ここでは、恥をかかないための、そして故人に対して失礼にならないための具体的なマナーを解説します。

拍手はNGなど参拝作法の確認
お寺への初詣で、最も多くの人がやってしまいがちで、かつ最も目立つ間違いが、「パンパン!」と手を叩く拍手(かしわで)です。
神社の拝礼作法である「二礼二拍手一礼」が体に染み付いているため、無意識にやってしまうのですね。
しかし、お寺において拍手は原則としてNGです(一部の特殊な寺院を除く)。
柏手(拍手)は、音によって邪気を払い、神様を呼び寄せるための神道の作法です。
一方、お寺は「静寂」を旨とし、内なる仏様と対話する場所です。
特に喪中の静かな心境において、境内に響き渡る大きな音を立てる行為は、周囲の参拝者からも「マナーを知らない人だな」「配慮が足りないな」と見られてしまう可能性があります。
【お寺での正しい拝礼手順(完全版)】
身内の不幸がありお寺への初詣は忌中でも行って良いのか迷っていませんか?実は神社と違い、お寺への初詣と忌中の関係は問題なく、むしろ供養になります。拍手NGなどの参拝マナーや神棚封じの方法も徹底解説。正しい知識で故人を偲び、心安らかなお正月をお過ごしください。
- 山門(さんもん):
お寺の正門です。入る前に帽子を取り、軽く一礼(合掌)してから入ります。
敷居は踏まずにまたぎます。 - 手水舎(ちょうずや):
神社と同じ手順で、左手→右手→口→左手→柄の順に清めます。
心身の汚れを落としてから仏様の御前に立ちます。 - 常香炉(じょうこうろ):
もし線香をあげる場所があれば、煙を浴びて身を清めます。
体の悪いところだけでなく、心を清めるつもりで煙を浴びましょう。 - 本堂での拝礼:
- お賽銭を静かに入れます(投げつけるのは仏様に失礼です)。
- 鰐口(わにぐち)や鈴があれば鳴らしても構いませんが、深夜や早朝は控えめに。
- 胸の前で静かに両手を合わせます(合掌)。※絶対に手は叩きません。
- 数珠を持参していれば、左手にかけるか、両手にかけて合掌します。
- 深く一礼し、心の中で故人の冥福と新年の挨拶を祈ります。
- 最後に軽く一礼して下がります。

また、除夜の鐘などで馴染みのある「梵鐘(ぼんしょう)」ですが、参拝の「前」につくのは構いませんが、参拝の「後」につくのは「戻り鐘」といって縁起が悪いとされています。
「出戻る」「縁起が切れる」といった意味を連想させるため、特に葬儀や法事に関連する時期は厳禁です。
一般の参拝者が自由についても良いお寺かどうか、事前の確認も忘れずに。
服装の基準と鳥居の扱いについて
お正月といえば、晴れ着や新しい服を着て出かけたいところですが、忌中の期間はグッとこらえてください。
喪服を着ていく必要はありませんが、あまりに派手な服装は「喪に服している」という態度と矛盾してしまいます。
推奨される服装:平服(へいふく)
男性なら、黒、紺、ダークグレーなどの落ち着いた色のスーツやジャケットにスラックス。
女性なら、同系色のワンピースやアンサンブル、落ち着いた色のコートなどが無難です。
ジーンズやスニーカーなどのカジュアルすぎる服装は、お寺という神聖な場所への敬意に欠けると見なされることがあるため、避けたほうが賢明です。
絶対に避けるべきNGアイテム
- 紅白や金銀の服装:
お祝い事を連想させるため。 - 本革や毛皮(ファー)のコート・小物:
ここが意外な落とし穴です。
仏教には「不殺生戒(ふせっしょうかい)」という、生き物の命を奪ってはいけないという重要な戒律があります。
動物の死を連想させるリアルファーのコートや、爬虫類の革などのバッグは、お寺への参拝において最もマナー違反とされるアイテムの一つです。
防寒対策は大切ですが、ウールやダウン、フェイクファーなどの素材を選ぶようにしましょう。
お寺の中にある鳥居はどうする?
日本には「神仏習合」の名残で、お寺の敷地内に神社(鎮守社)があったり、入口に鳥居が立っていたりする場所(例:豊川稲荷など)があります。
この場合どうすれば良いのでしょうか。

基本的には、お寺の境内にある鳥居であっても、その先が神様を祀るエリアであれば、忌中はくぐるのを避けるのが無難です。
脇道があればそこを通り、鳥居を避けて本堂へ向かいましょう。
どうしても通らざるを得ない場合は、鳥居の真ん中(正中)を避け、端を静かに通り抜けるようにしてください。
神棚封じの方法と期間の目安
初詣から帰宅した後、家の中での過ごし方についても触れておきましょう。
もしご自宅に神棚がある場合、忌中の間は「神棚封じ(かみだなふうじ)」という儀式を行う必要があります。
これは、家の中に発生した死の穢れが、同じ家の中にいる神様に及ばないよう、神棚に目隠しをして守るための大切な作法です。
仏壇は開けたままで毎日供養しますが、神棚は逆に閉じてしまいます。この対比を覚えておいてください。
【神棚封じの完全ステップ】
身内の不幸がありお寺への初詣は忌中でも行って良いのか迷っていませんか?
実は神社と違い、お寺への初詣と忌中の関係は問題なく、むしろ供養になります。
拍手NGなどの参拝マナーや神棚封じの方法も徹底解説。正しい知識で故人を偲び、心安らかなお正月をお過ごしください。
- 挨拶と報告:
神棚に向かって、「(故人の名前)が亡くなりました。
しばらくの間、お祀りを控えさせていただきます」と報告し、軽く一礼します。 - お供え物を下げる:
お米、お塩、お水、榊(さかき)、御神酒など、すべてのお供え物を下げます。 - 扉を閉める:
神棚の扉が開いている場合は閉めます。 - 白紙を貼る:
ここが一番のポイントです。
真っ白い半紙(習字紙などでOK)を用意し、神棚の正面を覆うように貼ります。
しめ縄の上から貼るのが一般的です。
テープはセロハンテープで構いませんが、跡が残らないようマスキングテープを使うのもおすすめです。
画鋲などで神棚に穴を開けるのは避けましょう。

誰が行うべきか?
伝統的には、「穢れのない第三者(葬儀社の方や友人、遠縁の親戚など)」にお願いするのが理想とされています。
しかし、核家族化が進んだ現代では、そうも言っていられないのが現実です。
その場合は、遺族の方が自分でやっても構いません。
行う前に、手や口を洗って清め、さらに塩を体に振って簡易的なお祓いをしてから行うと良いでしょう。
いつまで封じるのか?
期間は「忌明け」までです。
神道であれば「五十日祭」の翌日、仏教であれば「四十九日法要」が終わった後に、半紙を外して元のお祭りを再開します(これを「神棚開け」と言います)。
この時も、できれば塩で身を清めてから行うと丁寧です。
おせち料理のタブーと代替案
「おせち料理を食べてはいけない」という話もよく聞きますが、これもお祝いの意味が強いために言われることです。
おせち料理(御節料理)は、本来「年神様(としがみさま)」へのお供え物(節供)であり、新しい年を祝うための「ハレ」の食事です。
喪中の家には年神様は来ない(あるいは、穢れを避けてご遠慮いただく)と考えられているため、お迎えする料理であるおせちも控えるのが一般的なマナーです。
しかし、お正月に何も食べるものがないというのは寂しいですよね。
そこで、現代では「お祝いの意味を含まない料理」であれば食べても良いとされています。
避けるべき「祝い」の食材
- 紅白かまぼこ・なます:
「紅白」はお祝いの象徴色です。 - 鯛(タイ):
「めでたい」に通じるため、尾頭付きは特に避けます。 - 海老(エビ):
長寿の祝い(腰が曲がるまで)を意味しますが、鮮やかな赤色は避ける傾向にあります。 - 昆布巻き:
「よろこぶ」に通じます。 - 数の子:
子孫繁栄を願うものですが、お祝い色が強いため控えることが多いです。

おすすめの代替案:鍋料理と「ふせち」
私のおすすめは、家族みんなで囲める「鍋料理」です。
すき焼きやしゃぶしゃぶ、寄せ鍋などは、冬のご馳走でありながら、特定の「お祝い」の意味は含まれていません。
温かい湯気を囲んで、故人の思い出話に花を咲かせることは、家族の絆を深めることにもなり、とても良い供養の時間になります。
また、最近では百貨店や通販などで「喪中おせち(ふせち料理)」という商品も販売されています。
これは精進料理をベースにし、肉や魚を使わず、お祝いの彩りを避けた、質素ながらも格式ある料理です。
「料理を作る気力もないけれど、何かきちんとしたものを供えたい」という方には、こうしたサービスを利用するのも賢い選択です。
ちなみに、年越しそばは食べて大丈夫です。
「細く長く生きる」「一年の災厄を断ち切る」という意味であり、お祝い事ではないため、忌中・喪中にかかわらず美味しくいただいて問題ありません。
厄除け祈願は忌中でもできるか
不運にも、忌中の期間と自身の「厄年(やくどし)」が重なってしまった場合、「厄払いをしたいけれど神社に行けない」と不安になる方も多いでしょう。
厄年は精神的にも肉体的にも調子を崩しやすい時期とされており、身内の不幸があった直後ならなおさら心配になるものです。
そんな時こそ、お寺の出番です。
お寺で行う「厄除け」や「護摩祈祷(ごまきとう)」は、忌中であっても全く問題なく受けることができます。

お寺の「厄除け」の力
「厄除け大師」や「不動尊」などを祀っているお寺では、護摩壇(ごまだん)で火を焚き、その炎で煩悩や災厄を焼き尽くす祈祷が行われます。
この迫力ある儀式は、見ているだけでも心が洗われるような感覚になります。
仏教において、護摩の炎は智慧(ちえ)の象徴であり、あらゆる災いを焼き払う力があるとされています。
身内を亡くして心が弱っている時期は、悪い気を受けやすいとも言われます。
だからこそ、お寺で護摩の炎を見つめ、お坊さんの読経に耳を傾けることは、単なる厄除け以上に、深い心のケア(グリーフケア)としての効果も期待できると私は感じています。
神社への「厄払い」は忌明けまで待つ必要がありますが、お寺での「厄除け」なら、思い立ったその日にすぐにでも行けることを、ぜひ覚えておいてください。
忌中のお寺への初詣に関するまとめ
大切な人を失った深い悲しみの中で迎えるお正月は、どうしても心が沈みがちで、世間の明るさが眩しく感じられるものです。
「自分だけがお祝いをしてはいけない」と自らを律する気持ちも大切ですが、過度に自分を縛り付け、孤独になる必要はありません。
今回お話ししたように、お寺への初詣は、忌中であっても許された、むしろ推奨される「祈りの場」です。
お寺は、亡くなった方と残された私たちをつなぐ優しい場所です。
派手な晴れ着や拍手は控えるなどのマナーさえ守れば、仏様はきっとあなたの訪問を温かく迎え入れてくれるでしょう。
最終的な判断について
今回ご紹介した内容は、一般的な仏教・神道の見解やマナーに基づいています。
しかし、日本は広く、地域や親族間の慣習によっては、「喪中は一歩も家から出るな」というような厳格な独自ルールが存在する場合も稀にあります。
もし判断に迷った際は、自己判断で突っ走る前に、地域の年長者や菩提寺のご住職などに一言相談してみることを強くおすすめします。
それが、後々のトラブルを防ぎ、あなた自身が心置きなく供養するための近道でもあります。
「お寺なら行ってもいいんだ」と知ることで、少しでも皆さんの肩の荷が下り、張り詰めていた心が楽になれば幸いです。
神社への参拝は忌明けまで待ちつつ、まずはお寺のご本尊とご先祖様に、無事に新年を迎えられたことへの感謝と、故人の安寧を祈りに行ってみてはいかがでしょうか。
どうぞ、静かで、しかし温かみのある、安らぎのお正月をお過ごしください。